はなしをしよう


はなしをしよう



さて、ここに一つの鏡がある。
それを君は覗き込んだとする。
当然、鏡には君の姿がある筈だ。
それなのに、君の姿は無いだろう?
不思議だね。とても。
でも、仕方の無いことなんだ。


いつもは寝顔。
規則正しく上下する胸を見て、死んだような寝顔を見て。
静かにその場を立ち去る。
今日は。
「…」
珍しく、真昼間に起きて、珍しく事務の仕事をしている。
そんなもの、部下にやらせればいいだろう。
そう言うと、彼は

「自分がしないと意味の無い事だから」

とソレを否定した。

ギ…ぃっ

「ふぅ…ぅ」
小さな声無き悲鳴の後に、吐息の漏れる声を聞いた。
「終わった?」
問うと、彼は苦笑した。
「まだですよ。」
顔をしかめると、彼が困った顔をした。
「休憩を入れます。コーヒーでいいですか?」
「何でも」
「かしこまりました」
恭しく、ワザとらしく腰を曲げる。
そして、コツコツと言う靴音を鳴らして部屋を出た。
暫くすると、扉が開いて、香ばしい香りが漂ってきた。
「すみません、ミルクが無かったので砂糖で」
「構いまへん。どないでも」
砂糖を入れて、一口。
一連の動作を彼はじっと見ていた。
「どないしたん」
聞くと、沈んだ表情になった。
「すみません、本当に。来て頂いたのに…」
本当に、申し訳なさそうだった。

「そっち、座ってもええ?」
向かい側のソファー、彼の隣を指差して。
頷くのを確認して、隣に座る。
「何でしょうか」
問われたが、気にせず。
「指、ええよなぁ。」

ころころ

指を指で挟んで、その感覚を味わう。
「なんだか」
「気持ち悪い?」
首を横に軽く振られた。
「マッサージされてるみたいで気持ちいいです。」
「ふぅん」
「面白いですし。」
にっこりと笑った、その顔に疲れが見えた。
暫く続けていたら、いつの間にか。
指の主は。

一定のリズムを刻んで死に顔のような顔で、静かに寝ていた。
ずるりと身体が重心を失って、こちらに倒れ掛かった。
「無理するからや。」
ため息混じりにそう言って、部下を呼ぶ。
「ちゃんと寝かせてやり。」
そう彼の部下に言いつけて。


キィ

パタン


さて、ここに一つの鏡がある。
それを君は覗き込んだとする。
当然、鏡には君の姿がある筈だ。
それなのに、君の姿は無いだろう?
不思議だね。とても。
でも、仕方の無いことなんだ。


今現在の君を、如実に表してくれる鏡ではないのだから。



















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後記

毛狩り隊に事務の仕事があるのだろうか。

どうでもいい話をしていてほしいです。
どうでもいい時間を二人で過ごして欲しいです。

まぁ、そんな感じ。