born in heaven


born in heaven



生臭い匂いが鼻についた。
それを気にしていたのは、何時頃までだっただろう。
そして、何時の間に慣れてしまったのだろう。


「痛くないでちゅよー?直ぐに治してあげまちゅからねー」
その言葉に、どれだけの人間が死んでいったのだろう。
幼い言葉とは裏腹に、その顔には狂気が浮かんでいた。
その言葉に違和感を感じなくなったのはいつだろう。
腕につけたメスの冷たい感触を思い出して、寒気がした。


私のメスが、皆を傷つけている。


それは、疑いようの無い事実。
呂律の回らない言葉と共に、『手術』していく。
それを、後ろで見ているのに慣れたのは、いつだろう。


初めて見た時は。
震えて、何も出来なかった。
これが、闇皇帝の片腕の実力か。
これが、この人の戦い方なのか。
「あー」
ただ、呆然と立ち竦んでいた私を、貴方は。
新しい玩具を見つけた子供のような瞳で見つめてきました。
「きみいいメス持ってまちゅねー」
不気味な笑い声を上げながら、近づいてくる。


来るな、来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!


心の中ではそう叫んでも、実際には口をぱくぱくと開閉するだけ。
ずるり、ずるりと赤がやってくる。
心は恐怖と侮蔑でいっぱいになった。
「ボクにくれましぇんか?」
赤に染まった手が腕にかかった。
ぬるり、とした感触と生暖かい温度。
吐き気が、した。
思わず小さな悲鳴を漏らして、彼を見た。

純粋な、子供のような瞳。
「ねぇ?」
甘えて強請る子供がいる。
声が震えて、まともに喋れそうになかったので、首を縦に振って肯定を表した。
「ほんとう!?」
ぱあっと明るくなった顔を見て。

自分は良い事をしたのだ。

という錯覚に陥りそうになった。
頭を振って、考えを否定する。

違う。これは違う。

「どう…ぞ」
震える手を抑えながらメスを渡した。
にっこりと笑った、その笑顔は戦場と言う場所、状況にあまりにも不一致だった。

そして、赤が舞う。


「うん。いい」
機嫌良く笑う彼。
光に当て、メスをうっとりとした目で見つめる。
「決〜めた。今度からこのメス使う」

眩暈がした。
何を言われたのか解らなかった。
自分のメスが気に入られたのだと、理解するのに時間を要した。
光栄なことだ。ただの隊長如きが、皇帝の片腕の助手になれるなんて。

自分の片腕に手を伸ばした。
メスの冷たい感触。
「そんなにいいメスだったか?」
手で触れるが、そうは思えない。

確かに、鋭利的には見えるけれど。
「恐ぇ」
言葉に感情はこもらなかった。

私のメスが、殺している。
赤を吸って、煌きを失っていく。

天国には、赤などないのだろうか。
ならば、私達は。

「百狂様。お疲れ様です」
「うん」
何時からだろう。
この人の傍にいるのが嬉しくなったのは。
何時からだろう。
『手術』と言う名の虐殺に慣れたのは。
赤く染まったメスは辺りに散らばっていた。
赤く染まった手で、腕を掴まれた。
「何ですか?百狂様」
もう、吐き気などない。
むしろ。愛おしくも思えるのだ。

おいで、おいでなさい。

生臭い血の匂いは、相変わらず鼻につく。
だけど、気にはならない。
酷い頭痛に悩まされることも無い。
それが、既に私の『日常』となってしまったのだから。






















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後記

ナイチンガールは可愛いね。
闇の人はキャラがイマイチ解らず、書き難いです…!

男言葉のナイチンガールに激しく身悶えたので、そう書きたかったんだけど、
書けてないというワナ。