吐き気がした。
それが、お前を見たからなのか。
それとも、お前に集るヤツラを見たからなのか。
どちらにせよ。
お前を見てると吐き気がする。


手にしたのは、小さな鋏。
いつも手にしている、殺戮用ではない。
盆栽を手入れするための、鋏。
繊細な木々に触れる時、いつもの倍以上の気を使う。
それでも、止められないのは。
コイツラが、手間をかけた分、素直に育ってくれるからだろう。

「OVER様」
「あぁ?」
呼ばれて振り向けば、忠誠を誓わせた部下が居た。
乱れた黒い髪を戻す事もなく、言う。
「何用ですか?」
身体を強張らせ、黄河文明は直立不動の形で上司の命を待った。


その定義をしらない。
その結果をしらない。
何を求めているかしらない。
何が好いのかしらない。
この感情は何か、知らない。


「吐き気がする。」
上司であり、この城の頭でもあるOVERはそう言った。
こう言う突飛な話を始める時は、『黙って話を聞け』と言う事だ。
黄河はOVERに眼で促されて、初めてそこで身体の緊張を解き、座った。

「ムカつくんだよ。気にしなければいいってのに、いつの間にか見てる。」
「……」
城主の言を聞きながら、黄河は思った。
アノヒトが羨ましい。と。
部下である自分たちにさえ、あまり向けられない感情を向けられている。
独占欲にも似た羨望。

「解るまで、手元において置く、というのは如何でしょうか?」
「…。そうだな。じゃ、黄河後は頼んだぞ」


莫迦みたいに走って。
莫迦みたいに求めて。
莫迦みたいに叫んで。
莫迦みたいに哀れんで。
そう出来れば、あの人はどれだけ楽になれたんだろうか。


愚かにも、言ってから事の重大さに気が付いた。
黄河文明はボーボボ一行が向かっていると聞いた村へ先回りしていた。
村に入る一歩手前の木に登って待つ。
「今更悔やんでも、仕方ないよな…」
黄河はため息を、小さくひとつだけした。
今は仕事中だ。

「ひさしぶりだな」
「ぅへっ」


走れ走れ。
追いつかれるぞ。


黄河文明がボーボボに事の経緯を話すと、ボーボボは
『どうぞどうぞ、こんな娘ですが幸せにしてやって下さい〜』
と、向かいに住んでるおばちゃんみたいな口調で天の助を引き渡してくれた。
天の助は、しばらく焦って助けを求めていたが、今は諦めたのか…
いや、むしろ開き直ったのか、化粧などをしている。
「何してるんだ」
「いやぁねぇ!せっかくOVERちゃんにお呼ばれしたのよ!
 おめかしして行かなくっちゃ!」
「そうか。」
黄河はそっけなくそういった。
まぁ、OVER様が怒るのは、眼に見えてたし。
自分に害は及ばないだろうし。


「黄河文明って、良い匂いするよなー」
「はあ。」
城へ帰る道。
その途中で天の助がいきなりそう言い出した。
その前にも、色々と関係のない事を喋り捲っていたし、
どうも静かなのが苦手らしい。
「いいよなー。オレところてんだからなー」
黄河は、身震いして、天の助の位置を調整する。
肩に担いで運んでいるが、時々落としそうになる。
「別に、そうでもないだろう?」
黄河がそう返すと、天の助は答えが返ってきたのが嬉しかったのか、
声を荒げて返す。
「いや!すっげぇ良い匂いする!爽やかな…んー。
 ハッ。黄河文明ってもしかして地球に優しい石鹸派!?」
「…着いたぞ」


その身を強張らせて。
その顔を引きつらせて。
それでも尚、求めてしまうのは、恐怖の上に成り立つ好奇心ゆえか。


何時見ても…ってまだ今回で2回目なんだけど。
ともかく、この城は周りから浮いていて。
幻想のような、実はココは存在していないんじゃないか?
と疑ってしまう。
天の助がOVER城を大口開けて観察している間に、
黄河文明は城門を開けていた。
「早く来い」
「あっ。ごめん」

天の助が、その部屋の前についた時、身体は傷だらけだった。
メソポタミア文明が日ごろの訓練が大切だから、
とかなんとか言って作った罠に見事なまでにひっかかったのだ。
「OVER様、連れてまいりました。」
黄河が扉の前で緊張した顔を隠しきれないでいた。
が、扉の向こうから返事は無い。
「失礼します」
黄河はそう言って、扉を開けた。


帰りたい。
帰りたい。
イッタイドコヘ?


黄河は、天の助を部屋のなかに入れると、直ぐに部屋から出て行ってしまった。
寂しい、と言うよりも、コワイ。
「あ…ははっ。OVERちゃん久しぶりー」
流れる冷や汗は止まらない。
いつもよりも、冷たい殺気を感じて背中に悪寒が走る。
無言で、投げられる視線が痛かった。

「何が嫌なんだ」

OVERがぼそっとそう、言った。
天の助はきょんっとしていて、何を言われているのか解っていないようだった。
「怖いのか。」


「誰が?OVERが?」
天の助がくつろぎモード全開で尋ねると、OVERは臨戦態勢も作らずに、
ただ、頷いた。
天の助はいつも来るはずの鋏が来なかったため、
いつも以上にビクビクしながら言う。
「怖いけどさ。好い奴ジャン?OVERは。
 本当に、さ。部下は面白いし、楽しそうだし。
 オレ、OVERの部下だったらなぁ」

カラカラと笑う天の助。
鋏は、飛ばない。

天の助は益々不安になった。

いや、今の冗談なんだけど、OVERちゃん本気になんかしないよね…?

とかなんとか思っていると、OVERが口を開いた。
「お前みたいな役立たず、部下になんかしねーよ」
「でっすよねー♪」
OVERが答えてくれたので、天の助は思わずいつもの調子で相打つ。


「やっぱり、どうでもないじゃねぇか」
「ん?」
OVERの呟きを天の助が聞きとめた。
OVERはぐい、と天の助を自分に引き寄せて呟く。
「いらねぇよ、お前なんか…」
「うん。」
天の助は意味が解らなかったが、とりあえず頷いた。



「要らないんだよ」


呟きは、心に引っかかって取れない。
掴めない虹を掴むような。
届かない星に届くような。
ただ、要らないというコトだけが、延々とループしていた。


要らないものを処分する事になったとする。
要るものと要らないものを分けるのは、
歪んでいるとも知らずに信じていた自分の中の基準。
本当に要らないのはダレダッケ?


何度も何度も呟いた。
手に力が自然と入っていった。
要らない筈のものを、欲しがる。
子供のようだと、彼は解っていながら、止める事が出来なかった。




















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後記

OV天だと言いたい。

とりあえず、『無』と呼応したかったんですが、
結果は惨敗さ…。

最初はほのぼのでらぶらぶにしたかったんですが。

OVER様は無意識の内に天の助を求めていて。
それでいて、独占したいと思っていて下さったら萌える。