風と共に散りぬ


風と共に散りぬ



いつも、いつも。
天井を仰いでいた。
無機質なコンクリートしか見えないその部屋。
唯一見える『外』は空だけだった。
風は無常に吹き荒び、自分を嘲笑っている様に感じていた。
いつも、いつも。
私は空を見ていた。
小鳥も自由に飛びまわる大きな空。
唯一感じる『自由』は自分のモノではなかった。
風は私の身体に突き刺さり、痛みだけを残していった。
そう、いつも、いつも。

「布団のくせに!」

そう言われ続けていた。
布団であるのに布団らしくない自分に両親は苛立っていた。
母は嘆いた。
『何故こんな子を産んでしまったのだろうか』
父は嘆いた。
『我血筋に泥を塗る気か』
私は必死に耐えた。
耐えて、耐えて、耐えて。
いつしか、両親は私のことを『子供』だと
思わなくなっていっていたようだった。
昼夜関係なく襲い来る拳に身を強張らせた。
昼夜関係なく襲い来るその姿に身を強張らせた。

このまま死んでいくのかもしれない。
それは幼いレムの心の中に芽生えた、初めての『絶望』だった。
そして、彼女はその『絶望』を受け止め始めていた。

両親のストレスの捌け口と成り果て、
仕舞いには隔離された部屋に入れられた。
窓は高い位置にあり、
幼いレムの身長ではその窓から、家を出る事など出来なかった。
ドアは硬く閉ざされていた。
弱いレムの力ではそのドアを、開ける事など出来なかった。
灰色のコンクリートに囲まれて、冷たい壁に監視され、レムは泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、そして空を見た。

小鳥が身軽に羽ばたいた。

涙が止まらなかった。

冬も夏もソコには関係のないことだった。
暖房だって冷房だって、何もない。
あるのは小さな窓から入る風と、冷たい壁。
父は毎日の様にレムを殴って、蹴って。
レムは父の前で泣くことはなかった。
「泣いてすむと思っているのか!」
そう言われるのが解っていたからだった。
父が去る足音を聞き、ようやくレムは泣き出すのだった。
父が来る足音を聞くと、レムはぴたりと泣き止み、身体を強張らせた。
脅威以外何者でもなかった。

空を見た。
青い、青い空。
ボロボロだった。
身体も、心さえも。
小さな擦り傷や切り傷の痛みさえ忘れた。
何も考えられなくなっていた。
「何故自分はここにいるの?」
「何でお父さんは私を殴るの?」
「何で…」
思考回路は完全停止。
痛みすら感じない、言葉すら紡げない。
顔に張り付いた表情は、いつも無。
瞳には虚無を宿していた。
何かを欲す気持ちは、変わらなかった。
風が思い出したように吹く時に、風の冷たさが、傷にしみた。

「風は吹くのにね。」
「なんで木の葉は連れて行けるのに、私は連れて行ってくれないの?」
レムは呟いた。

ここからでられたら。
ここからでられるのならば。

どんなにいいだろう。
どんなにうれしいだろう。
どんなにしあわせだろう。
どんなに、どんなに……。


風を見ていた。
風に聞いた。
「哀しいねぇ…」
逃げる場所もなく、内に引篭もっている彼女を哀れんだ。
同族だと、思った。
解り合える。
解り合う事が出来る。
そう、何の証拠もなく、確信した。

いつもそうだ。
物事の始まりなんて、結果を知ってからこじつけるモノなのだ。
その時は考えもしていなかった事を、恰もその時選択したかのように。
そう思い込んで、記憶を曖昧にしていた。

風が吹く。
君を迎えに行くよ。
君と会いたいな。
君と話がしたいんだ。
きっと君と解り合える。
きっと君と知り合える。

腰を上げた。
空を見上げた。
何に見初められたのか、彼女はこの空に、恋焦がれている。

少しだけ、空に嫉妬した。


泣いていた。
泣くのをやめた。
風の音が聞こえたからだ。
いつもとは違う、大きな、力強い風の音。
レムは思った。
「この風が私を殺すかもしれない」
そう思った。

現実には。

硬い、硬い、冷たい壁は破壊され、白い煙が立ち込めた。
だが、その煙も一瞬で掻き消された。
「かなしいねぇ」
風の音が激しく、普通なら何も聴こえない筈なのに、その声は鼓膜に直接響いた。
レムは声の主を探し、あたりを見回した。
空を仰いで、小さく息を呑んだ。
今はレムは座っているから実際よりも大きく見えているのだろうが、
それをとっても、その姿は大きかった。

「行かないかい?」
「…何?」

「オレと一緒に。」
「私は…」

頭を垂れたレムの正面に彼はしゃがみ込んだ。
「綺麗だねぇ。でも、ここにいたら埋もれるから。」
彼の声は酷く無感動で、無感情だった。
それでも、鼓膜に直接届く、その声は酷くレムの心を揺さぶった。
「私がいなくなったら、お父さんが怒るから…」
レムは言った。
幼いながら、彼女は解っていた。
幼い自分がどう足掻いた所でどうしようもないという事実を。

風が、吹いた。

冷たく感じていた風。
暖かく、包み込むような風と感じた。
「どうして…」
レムは泣いた。
何故自分が泣くのか、レム自身解らなかったが、それでも、泣いた。
「うれしいんだ、きっと解り合えると思う」
彼の言葉は、レムには理解できなかった。
ただ、心を満たしたのは、『望み』だった。

まだ、大丈夫。
連れて行ってくれる?

「うれしいねぇ。」
酷く無感動な彼の言葉。
嗚咽で返事を返せなかった自分。

彼に抱きついて、家を逃げ出した。

泣いた。
酷いことをされた、楽しい思い出なんてなかった。
それでも、そこは、『自分の家』であった。
家から離れる事は哀しいことだ。
その時初めてレムは知った。

彼は話した。
解り合いたいと思う気持ちは抑え切れなかった。
語った。
二人は話し合った。
気が合った訳でもなく、趣味が同じだと解った訳でもなく。
二人は理解しあった。

「綺麗だねぇ」
「うん。」

それで十分だった。
あとは何も要らず、不要だった。

いつも、彼女は空を仰いでいた。
いつも、彼は風と共にいた。

傷が癒えるまで、幾つかかるのだろう?
それでも、彼らは共にいた。

彼女はいつも空を見ていた。
彼はいつも空に嫉妬していた。

それは、語りつくすことの出来ない感情。

風が、彼らを包んだ。






















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後記

子レムと子ジェダのお話でした。


今回はいつもより、抽象的なお話に仕上げてみました。
そして対応する言葉を書き連ねてみました。
上手く雰囲気出てるといいなぁ。

色々とごめんなさい…