帰 そこには何も無いだろう。 OVER城、ファンシーな壁紙と可愛らしい家具、床に散らばった玩具。 ルビーの部屋。 天の助は部屋の中央で身を小さくさせて座っていた。 大の字になって寝ていても、ルビーは怒らない。 誰かさんみたいに、鋏がいきなり飛んでくることもない。 だが、天の助がそうしなかったのは隣にその誰かさんがいるせいだった。 「お飲み物、持ってくるです」 そう言ったきり、ルビーは未だ戻ってこない。 OVER城に来てから、5日は経つだろうか。 城での生活に慣れ、溶け込んでしまっている。 「なあ、OVER。」 沈黙に耐え切れず、天の助が口を開いた。 OVERは何も言わずに、天の助を見る。 赤い瞳に見つめられ、慌てて話題を探す天の助。 目をキョロキョロと動かしても、映るのは少女趣味の部屋。 話題になるような物が見当たらず、OVERにばれない様に小さなため息をついた。 「行くか」 天の助はきょとん、としていた。 目を丸くして、膝を抱いた。 どうして?と目で問いかけるが、OVERは天の助を一度ちらりと見ただけで、直ぐに視線を逸らしてしまった。 天の助がどうしようかと迷っていると、目の前に手が差し伸べられた。 大きな手。 見上げると、OVERがこちらを見つめていた。 ちょっと、苦しそう? 天の助は思ったことを口には出さず、手をとり立ち上がる。 「ボーボボの所に返す。 お前を拘束していれば、ボーボボと再戦出来るかと思ったが……」 OVERが眉間に皺を寄せて言う。 その口から出る、次の言葉を聴きたくなくて天の助はOVERの口を手で塞いだ。 「 」 モゴ、と手の下で唇が動く。 空気の振動から、OVERの剣幕から、何と言ったのかは察しがついた。 「言うなよ」 いつもの様に軽く、笑顔でかわしてやろうと思った。 無理矢理作った笑顔は、いつも通りにできているだろうか。 鏡で自分の顔を見てみたかった。 たぶん、今すっげえ変な顔してる。 「ボーボボさん、もう5日ですよ」 「あー?」 「天の助のことです。」 やる気無い返事を返すボーボボに、苛立ちながらヘッポコ丸は言った。 黄河文明がやって来て、天の助を連れて行ってからもう、5日。 他人のことをあまり気にかけない首領パッチも、少し詰まらなさそうに見える。 「ヘッポコ丸、気にする必要ないんじゃないかなぁ。 OVERはあれでも天の助のことが好きで好きで堪らないんだから、傷つけたりはしないよ」 欠伸をかみ殺しながらのボーボボの言葉に唖然とする。 「 …ボーボボさん?」 ヘッポコ丸の目には、「狩人と獲物」の様な関係にしか見えていなかったのだが。 「んあ?え、もしかして気が付いてなかったの?やっだー!へっくんってば鈍感!」 いきなり女性になったボーボボの姿と、「実はOVERは天の助が好き」という事実にヘッポコ丸は呆然とするばかりだった。 ルビーは酷く困っていた。 OVER様に気を使って、二人きりにしたは良いものの… 「何でルビーのお部屋に入るのに、こんなに気を使わなきゃいけないんですか…!」 お盆に乗せたオレンジジュースは、既に空になっていた。 そっと、手を下ろした。 無駄な抵抗はやめよう。 「何の真似だ」 OVERの声が鋭く天の助の体に刺さる。 「OVERちゃんこそ」 突き刺さった声を、振り払いたくて大きな声を出した。 「OVERこそ、何でオレを此処に置いてたんだよ!」 天の助の大声にOVERが目を見張って驚いた。 「訳わかんねぇ!人質にするなら、もっと適任の奴がいるだろ!」 そう、たった10円の価値しかないところてんより… 可愛くて、笑顔を絶やさない桃色の髪の少女なら、ボーボボは動く。 自分自身の命を懸けてでも救い出そうとする。 「さあ」 OVERは呟いた。 「オレも解んねえ。何でお前だったんだか」 OVERは天の助からわざと視線を逸らしていた。 視線を合わせたら、死んでしまうと言いつけられているかのように。 「この5日間。考えてみた」 天の助はOVERの瞳が見たくて、視線を合わせようとした。 「お前が笑うとムカつくし、お前が泣くと」 OVERは天の助の目を手で覆った。 自分の手で隠した瞳を見つめながら、軽く頭を振った。 「お前は、オレのことが嫌いだろ」 「話飛んでるけど」 「五月蝿い」 覆われた手を外そうと、天の助はペチペチと手を叩く。 逆に、手に力を籠められ鈍痛が走った。 「OVERちゃん、イタイイタイ。痛いんですけどー!」 このままでは、極端に顔のパーツが中央に寄ってしまう。 OVERは力を抜く。 「正直、認めたくないんだよ」 言って、手を離した。 こめかみの辺りは朱色に染まっていた。 天の助は顔を摩りながら、口を動かす。 「何を?」 唇に言葉は乗せられなかった。 OVERは天の助を抱え上げ、城の外に出た。 辺りをキョロキョロと見回し、ある一点を見て頬を緩ませた。 「黄河、返してこい」 言って、OVERは黄河文明に天の助の体を押し付けた。 黄河文明は少しだけ眉を寄せた。 「いいんですか?」 彼(彼女?)は非難するように言った。 「本当に?」 「本当だ。いいからサッサと行ってこい」 黄河文明は、眉を寄せながら、「分かりました」と言った。 青空が広がっていた。 未だに思考回路は通常通り動いてくれていない。 「そっか。そうだよなぁ」 ヘッポコ丸は青空を見上げて一人納得した。 天の助がOVERに絡むのも、OVERが一々それに反応するのも。 「気が付いた?」 隣に座っているボーボボがヘッポコ丸の目を覗き込んだ。 ヘッポコ丸は、何を?と聞き返しかけて止めた。 小さく頷いて、また空を仰ぐ。 素直に内の感情を認めない城主。 「黄河ぁー。ゴメンな」 近くの町で聞き込みをしたところ、ボーボボ一行は5日前からあまり離れていない町に滞在しているらしい。 「OVERちゃん、気分やだから大変でしょー?」 そう言って笑う天の助に、覇気はない。 「オレがいなくなったら、黄河達部下にそういう役回るんじゃない? 憂さ晴らしとか、試し切りとかさあ」 黄河は走る速度を落として、応える。 「OVER様は、そんなことしない」 そうするのは貴方だから。 続く言葉を黄河文明は飲み込んだ。 慕う城主が恋する相手が、羨まし過ぎた。 「淋しいなー」 ぽつりと漏らした呟き。 天の助はにっこりと笑って言う。 「OVERちゃんに言っておいてよ。またお呼ばれしたいってさ」 黄河は何も応えなかった。 そんなこと、自分の口で言いやがれ。 帰ってみたら、予想通り皆普通だった。 大丈夫だった?と声を掛けてくれたのは、いつもの二人だけ。 天の助はため息をついて、OVER城のある方向を見る。 「ヘッポコ丸。オレさあ、実はすっげえ楽しかったんだ」 ヘッポコ丸が不思議そうに首を傾げた。 天の助は声を上げて笑う。 「今度はちゃんと話をして、言いたいこと言ってやりたいな」 笑いながらそう言うと、ヘッポコ丸が頭を撫でてきた。 天の助は「やめろよ」と軽く笑顔でかわした。 今度OVERに会ったら言ってやろう。 何もない何もないと嘆いてばかりのアンタに。 何もなくはないだろう? だって、アンタにはオレがいる。 「好き」って気持ちは、あるんだろ? なあ。 ************************************* そんな訳で、「無」「有」「対」とこっそり続いておりました。 実はうっすらと自分の気持ちに気が付いている二人。 因みに黄河はOVERに恋愛感情を持っているんではなく、 単に自分の気持ちに素直にならないOVERと天の助に苛立っている感じ。